将来の夢は「お婆ちゃん!?」


大阪府 Y
「わたしは何のために生きているのだろう?」
「わたしの存在する意味って何だろう?」

 子供のころから、そんなことをよく考えていました。
「はやくお婆ちゃんになって、縁側でひなたぼっこするのが私の夢」と小学生のころ、友達と話していたのを覚えています。
 子供心に、これから始まっていく人生に「希望」や「夢」よりも、漠然とした「不安」を持っていました。
「お婆ちゃんになるころには、人生のほとんどを経験し終わって、ほのぼのと安心した日々を送れるだろう。サッサと生きて、はやくお婆ちゃんになりたい」と思っていたのです。
 ところが現実は、小学生からいきなりお婆ちゃんになるはずはありません。

「どこに向かって生きるのだろう?」という思いを抱えながら、目の前の山を越えることに精一杯で、何をしていても、心から楽しんだり、喜んだりすることができませんでした。周囲に合わせ、周囲に流されていく毎日が過ぎていきました。そして、早くこんな日々は過ぎ去ってほしいと願っていたのでした。

 一方で、「何のために生まれてきたのか」「どんな使命をもって生まれてきたのか」知りたいという気持ちはますます強くなりましたが、どうすればそれを知ることができるのか、分からずにいました。
 そして大学で、最も知りたかった「なぜ生きる」の答えを知ることができたのです。

「人生に苦しみの波は絶えませんが、生きる目的を知った人の苦労は、必ず報われる苦労です。人生は素晴らしい、と言う人もいれば、何をやってもむなしい、と言う人もいます。真の『人生の目的』を知るか、否かの違いでしょう」

 「なぜ生きる」を知らなければ、同じことの繰り返しの毎日に愚痴をこぼしながら、同じように目の前のことをこなすだけで、何をやっても心からの充実はない。ただ生きていくためだけに働いていたに違いありません。
 苦しみ悩みの絶えない人生で、これ一つ果たしたならば、我が人生悔いなしといえる「人生の目的」を知らされた今、私の人生は、一瞬一瞬かけがいのない意味を持っていることが知らされます。
 この「なぜ生きる」を、いまだ知り得ぬ方々にもお伝えし、ともに「人間に生まれてきてよかった、よくぞ人間に生まれたものぞ」という生命の大歓喜を得るところまで、光に向かって進ませていただきます。